東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)30号 判決 1986年1月30日
原告
ダンロツプ・ホールデイングス・リミテツド
被告
特許庁長官
右当事者間の昭和56年(行ケ)第30号審決(特許願拒絶査定不服審判の審決)取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
特許庁が、昭和55年9月18日、同庁昭和51年審判第8591号事件についてした審決を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
第2請求の原因
原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。
1 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「タイヤー車輪組立体」とする発明(以下「本願発明」という。)について、1970年6月20日イギリス国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和46年6月18日特許出願をしたところ、昭和51年3月25日拒絶査定を受けたので、同年8月10日、これを不服として審判を請求し、特許庁昭和51年審判第8591号事件として審理され、昭和52年3月10日出願公告(特許出願公告昭52―8561号)されたが、特許異議の申立があつた結果、昭和55年9月18日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同年10月1日原告に送達された(出訴期間として3か月附加)。
2 本願発明の要旨
ただ1つの膨脹室を有する空気タイヤと車輪リムとの組立体であつて、この組立体がフランジの間で計測した車輪リムの幅よりも大きい幅を有するトレツド部と上記組立体をタイヤから空気が抜けた状態で使用するときにタイヤの内面の接触する部分の間の相対的な運動を容易にするためにタイヤの内面の少なくとも一部分に配置された潤滑物質のコーテイングとを有するタイヤと、上記組立体をタイヤから空気が抜けた状態で使用するときにタイヤが車輪リムからはずれないようにする装置とを有することを特徴とする空気タイヤと車輪リムとの組立。(別紙図面(1)参照)
3 本件審決理由の要点
本願発明の要旨は、前項記載のとおりと認められるところ、本願発明の特許出願前に頒布された刊行物である米国特許第3,392,772号明細書(以下「第1引用例」という。)には、「ただ一つの膨脹室を有する空気タイヤと車輪リムとの組立体であつて、この組立体がフランジの間で計測した車輪リムの幅よりも大きい幅を有するトレツド部と、この組立体をタイヤから空気が抜けた状態で使用するときにタイヤが車輪リムからはずれないようにする装置(安全部材16)とを有しているもの」(別紙図面(2)参照)が記載され、同じく特許出願公告昭34―9351号公報(以下「第2引用例」という。)には、「タイヤの相接触する部分における摩擦を少なくして摩擦熱の発生を抑制するためににこれらの接触部分に潤滑剤を施したタイヤ」(別紙図面(3)参照)が記載されている。
本願発明と第1引用例のものを比較すると、両者は、その目的及び構成についてただ一つの膨脹室を有する空気タイヤと車輪リムとの組立体であつて、この組立体がフランジの間で計測した車輪リムの幅よりも大きい幅を有するトレツド部を備え、かつ、タイヤから空気が抜けた状態で使用するときに、タイヤが車輪リムからはずれないようにする装置を備えているものである点で一致し、本願発明がタイヤの内面の少なくとも一部分に潤滑物質をコーテイングしているものであるのに対し、第1引用例のものがそのような構成を備えていないものである点で一応相違する。
しかしながら、相接触する部分における摩擦による摩擦熱の発生を抑制する目的で、相接触する部分に潤滑油を施す考え方は一般に周知慣用であることを前提にこの相違点について検討すると、当該技術分野においても、第2引用例のものはこの考え方をタイヤに適用する例であり、しかも、本願発明の奏する潤滑物質の存在によりタイヤの接触面間の相対運動を容易にして摩擦熱の発生を少なくする効果及びパンクの状態でもタイヤが車輪リムからはずれないようにするという効果は、第1引用例および第2引用例によつても当然に奏せられるものにすぎないことを併せ考えると、この相違点が当業者にとつて格別の発明力を要する点であるとは到底認められない。
したがつて、本願発明は、全体として当業者が第1引用例及び第2引用例のものに基づいて容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
4 本件審決を取り消すべき事由
第1引用例の記載内容及び本願発明と第1引用例のものとの一致点が本件審決認定のとおりであることは認めるが、本件審決は、第2引用例の記載内容、本願発明と第1引用例及び第2引用例のものとの相違点並びに本願発明の作用効果についての認定判断を誤り、ひいて、本願発明をもつて第1引用例及び第2引用例のものから容易に発明することができたものとの誤つた結論を導いたものであり、この点において違法として取り消されるべきである。すなわち、
1 本件審決は、本願発明と第1引用例のものとは、本願発明がタイヤの内面の少なくとも一部分に潤滑物質をコーテイングしているものであるのに対し、第1引用例のものがそのような構成を備えていないものである点で相違するとしているが、そのほかにも両者は、本願発明には、「上記組立体をタイヤから空気が抜けた状態で使用するときにタイヤの内面の接触する部分の間の相対的な運動を容易にするために」という要件があるように、本願発明がタイヤそのものの内面が相互に接触するまで空気が抜けた状態での使用を予想しているのに対し、第1引用例のものにはそのような要件がなく、タイヤそのものの内面同士が接触しないよう安全部材を設け、タイヤの内面と安全部材上部とが接触する構成である点でも相違しているところ、本件審決は、両者の右の構成及び技術的思想上の相違点を看過したものである。これを詳述するに、パンクしてもなお安全に走行できるタイヤについての本願発明の特許出願当時の技術水準をみるに、第1引用例にも記載されているとおり、安全部材16をタイヤ内部に設けることが業界の技術分野では必須と考えられていたところ、本願発明は、タイヤパンク時にタイヤと車輪リムとの間に一定の間隔を設けなければならないとすることは安全に走行を継続するための不可欠の要件ではなく、また、安全部材を省略することにより構造、製造が簡略、安価となるとの技術的思想の下に、右部材を採用することなく、明細書の特許請求の範囲記載のとおりの構成を採つたもので、その特徴は内部支持部材の存在しないタイヤにおいて、空気の完全に抜けてタイヤの内面同士が相互に接触する状態でもなお安全に走行できるように潤滑物質をコーテイングしたところにあり、これによりタイヤが完全につぶれた状態でもなお安全に走行することを可能にし、またタイヤの構造を単純化し、軽量化するという顕著な作用効果を奏し得たものである。これに対し、第1引用例の安全部材16は、(1)タイヤが損傷したときにタイヤを支えるための剛性、一体、軽量、環状の安全部材としての機能と(2)車輪リム上に据えられて、タイヤビードを支え、それらを前記リム上の適所にしつかりと確保する機能、すなわち、タイヤが車輪リムからはずれないようにすることとタイヤから空気が抜けたときにタイヤを支持し、タイヤの内面間の接触を阻止するもので、第1引用例は、本願発明とは技術的思想を異にするものである。なお、被告が、本願発明の特許出願前の従前技術として指摘する甲第8号証の第13図は、同号証中の第12図と比較した場合にLXXタイヤが均一につぶれることを模式的に示したものにすぎず、第13図に示されたタイヤ組立体が支持部材なしで安全に走行できることを示した図ではなく、パンク時に大きな破壊を生じないものとして示されているもので、この場合でもタイヤの内部的損傷を生じているとみるべきである。また、被告挙示に係る乙第4号証中の第86図のタイヤは、農耕用タイヤで、低速で走行するものであり、本願発明に対比するようなランフラツトタイヤではなく、このタイヤは最初から空気が抜けているのであるから、パンクした場合を予定していないし、また、予定する必要がなく、内部支持部材が備えつけられていないことは当然というべきである。
2 本件審決は、第2引用例には、「タイヤの相接触する部分における摩擦を少なくして摩擦熱の発生を抑制するためにこれらの接触部分に潤滑剤を施したタイヤ」が記載されているとするが、右の「タイヤの相接触する部分」との認定は誤りであり、正しくは「タイヤとダイヤフラムとの相接触する部分」と認定されるべきものである。このことは、第2引用例には、「チユーブ無しタイヤとダイヤフラムとの摩耗」(甲第3号証第1頁右欄第6行及び第7行)と記載され、タイヤとダイヤフラムとを区別しており、この用法は、第2引用例中にすべてにおいて統一的に使用されているし、また、一般にダイヤフラムとは機械類の「仕切板、膜」(甲第10号証の1ないし3参照)を意味し、タイヤの概念中にダイヤフラムを含めて理解される例は皆無であることからも明らかである。
本願発明は、「ただ一つの膨脹室を有する空気タイヤと車輪リムとの組立体」であつて、タイヤから空気が抜けたときにタイヤの内面同士が接触する状態が生じるものを対象とし、潤滑剤を備える部分を「タイヤの内面の接触する部分」としているのに対し、第2引用例は、ただ一つの膨脹室を有するものではなく、ダイヤフラム10によつて内部室8と外部室9とに仕切られ、外部室9から空気が抜けた場合に相接触する部分はタイヤの内面とダイヤフラム10であるから、第2引用例には、タイヤとダイヤフラムとの相接触する場所に潤滑物質を施工するタイヤが示されているにすぎず、したがつて、本願発明とは技術的思想を異にするというべきである。
3 本件審決は、本願発明の作用効果及び進歩性についての判断を誤つたものである。
本件審決は、「本願発明の奏する潤滑物質の存在によりタイヤの接触面間の相対運動を容易にして摩擦熱の発生を少なくする効果及びパンクの状態でもタイヤが車輪リムからはずれないようにするという効果は、各引用例によつても当然に奏せられるものにすぎない」と説示するが、本願発明の「空気が抜けた状態」とは、タイヤの内面同士が相互に接触する程度まで空気が抜けた状態及びその程度にまで至らない状態の双方を意味するものである。これに対し、第1引用例及び第2引用例の発明は、いずれもタイヤの内面同士が相互に接触する程度まで空気が抜けた状態を予想するものではない。すなわち、前述のとおり、第1引用例は、タイヤの内面と安全部材の上部との間の接触であり、第2引用例は、タイヤとダイヤフラムとの間の接触であつて、タイヤの内面同士が相互に接触する程度まで空気が抜けた状態における効果は不明であるから、本件審決の説示するように、本願発明の効果が「各引用例によつても当然に奏せられるものにすぎない」ということはできない。更に、第1引用例及び第2引用例は、いわゆるパンクの状態においてタイヤトレツド内面とリムとの間に一定の間隔を保持しなければならない、すなわち、タイヤの内面同士を接触させてはならないという技術的思想を前提とするものであるが、本願発明は、前記のとおり、「タイヤの内面の接触する部分の間の相対的な運動を容易にするために」という全く新たな技術的思想に基づいて、「潤滑物質のコーテイング」の要件を採用し、ただ一つの膨脹室を有するタイヤと車輪リムとの組立体をタイヤの内面同士が相互に接触する程度まで空気が抜けた状態のままで安全に走行させることが不可能であつた従来技術に対してこれを可能にし、顕著な作用効果を奏し得るものであり、第1引用例及び第2引用例のものとは技術的思想を異にするから、本願発明をもつて、当業者が各引用例のものに基づいて容易に発明することができたものということはできない。
第3被告の答弁
被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。
1 請求の原因1ないし3の事実は、認める。
2 同4の主張は争う。本件審決の認定判断は正当であつて、原告主張のような違法の点はない。
1 原告は、本件審決が本願発明と第1引用例のものとの対比において、本願発明が第1引用例のものと異なり、「上記組立体をタイヤから空気が抜けた状態で使用するときにタイヤの内面の接触する部分の間の相対的な運動を容易にするために」という要件を有する点を看過している旨主張するが、本願発明と第1引用例のものとの相違点としては、本願発明が「タイヤの内面の少なくとも一部分に潤滑物質をコーテイングしているもの」であるのに対し、第1引用例のものがそのような構成を備えていない点を摘示すれば充分である。このことは、空気入りタイヤを空気が抜けた状態で使用するときに、タイヤの内面がタイヤを構成する要素と接触することは経験則上顕著な事実であり、本願発明や第1引用例及び第2引用例のものの構成によつて惹き起こされるものではなく、空気入りタイヤを使用している場合に発生するおそれのある条件にすぎないものというべきであり、本件審決摘示の上記の構成は、「空気が抜けた状態で使用するときにタイヤの内面の接触する部分の間の相対的な運動を容易にする」効果に対応した本願発明の構成要件にほかならないことからもいい得ることである。なお、原告が従来技術としての主張するところは、本願発明の特許出願前の刊行物である甲第8号証中に「改良されたランフラツト性能」と題して「第13図に示されるように、LXXタイヤは、均一につぶれ、空気が抜けた状態での走行時に、より安定した状態をもたらす」との記載があり、また、いわゆる「ゼロプレツシヤータイヤ」と称せられ、空気入りタイヤの空気圧をゼロに近い値で走行するようにしたものが本願発明の特許出願周知である(乙第4号証中図第86参照)ことから、誤りというべきである。
2 第2引用例のものに備えられた「ダイヤフラム」は、タイヤを構成する要素として仕切板状のものを使用していたので、「ダイヤフラム」という用語で表現されたものと思われるが、右にいう「ダイヤフラム」に相当するものは、一般に、「子タイヤ」、「中子タイヤ」、「内子タイヤ」、「内側タイヤ」などと呼ばれるものである。このように、第2引用例のものにおける「ダイヤフラム」は、実質は内側タイヤであつて、タイヤを構成する要素の1つである。したがつて、本件審決が、第2引用例において潤滑剤を施した部分を、「タイヤの相接触する部分」と認定したことに何ら誤りはない。
3 原告は、第1引用例及び第2引用例のものは、タイヤの内面同士が相互に接触する程度まで空気が抜けた状態を予想するものではなく、したがつて、右状態における効果も不明であるから、本件審決が第1引用例及び第2引用例のものが奏する効果のみをもつて、タイヤの内面同士が相互に接触する程度まで空気が抜けた状態をも意味する本願発明の当該要件を判断したのは誤つている旨主張するが、第2引用例のものにおいても、空気が抜けた状態は、その第1図の形状から第2図の形状へ、更にタイヤの内面同士が相互に接触する程度(乙第3号証第3図参照)にまで形状が変化するであろうことは、高い蓋然性をもつていうことができ、しかも、その場合にも、タイヤの内面の接触する部分に潤滑剤が存在すればタイヤの内面同士の接触する部分における摩擦熱の発生を防止する効果を奏することは、当然であり、当業者であれば、容易に推認することができる程度のものであるから、原告の主張は失当である。また、原告は、第1引用例及び第2引用例は、パンク状態においてタイヤの内面同士を接触させてはならないとの技術的思想(所定間隔保持思想)を前提とするところ、本願発明は、右の従来技術と異なり、タイヤの内面同士が相互に接触する程度まで空気が抜けた状態のままで安全に走行させることを可能にしたものである旨主張する。しかし、本願発明の潤滑剤がその機能を発揮するためには、(1)空気入りタイヤがつぶれたときに、タイヤが本願発明の願書添附の図面中第2図に示される形状に変わり、空気入りタイヤの内面同士が相接触する状態になること、及び(2)右(1)の形状で走行してもタイヤが車輪リムからはずれないことが要求され、本願発明は、その発明の構成に欠くことのできない事項(技術的思想)として、右(1)及び(2)に対応して、(イ)フランジの間で計測した車輪リムの幅よりも大きい幅を有するトレツド部及び(ロ)タイヤから空気が抜けた状態で使用するときにタイヤが車輪リムからはずれない装置を要件としているところ、右(イ)及び(ロ)の要件は、原告も認めるとおり第1引用例に記載されているのであつて、第1引用例は、原告主張のように所定間隔保持思想を前提とするというよりは、前記(1)及び(2)の条件を満足させつつ、更にタイヤ内面同士をできるだけ接触させない方がよいとの所定間隔保持の技術的思想を前記(2)の条件をも兼ねて満足させるようにしたものとみるべきである。また、原告が従来技術と主張するところが誤りであることは前述のとおりである。右のとおりであるから、本願発明をもつて、第1引用例及び第2引用例から容易に発明し得たものとした本件審決の認定は正当である。
第4証拠関係
本件記録中の書証目録欄記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
(争いのない事実)
1 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間の争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
2 本件審決は、本願発明と第1引用例及び第2引用例のものとを対比するに当たり、その相違点を看過したほか、本願発明の作用効果についての認定ないし判断を誤り、ひいて、本願発明をもつて第1引用例及び第2引用例から容易に発明をすることができたものであるとの誤つた結論を導いたものであり、この点において違法として取り消されるべきである。すなわち、
1 前記本願発明の要旨に成立に争いのない甲第1号証(本願発明の特許出願公告公報)を総合すれば、本願発明は、ただ一つの膨脹室を有する空気タイヤ及び車輪リムの組立体に関する発明であり、車の走行中車輪の空気の一部又は全部が抜けた状態で走行する場合、タイヤが車輪リムからはずれるおそれがあるほか、タイヤの内面が相互に接触し、タイヤのゴム及び織物成分内に発生する摩擦による熱でタイヤの破損が早く起こるため、タイヤ内面の接触する部分間の相対的な運動を容易にしてタイヤの破損を防ぐとともに、タイヤが車輪リムから離脱しないようにして、空気が抜けた状態ても走行することができるようにすることを目的として、前記本願発明の要旨のとおりの構成(本願発明の明細書中の特許請求の範囲の項の記載と同じ。)を採用することにより、右目的を達し、所期の優れた作用効果を奏し得たものであることを認めることができる。
一方、第1引用例に本件審決認定のとおりの技術内容についての記載があることは原告の自認するところ、右記載事実に成立に争いのない甲第2号証(第1引用例)を総合すると、第1引用例は、昭和43年10月3日特許庁資料館受入に係る米国特許第3,392,772号明細書であつて、そこに記載の発明は、予備タイヤの必要性をなくし、タイヤの空気が抜けた場合にも走行することができるようにするため、安全部材が組み込まれているタイヤと車輪リムとの車輪組立体に関する発明であるところ、右の安全部材は、車輪リムのベース部分に緊密に嵌合するように設けられ、車の走行中のタイヤが損傷したときにタイヤ内部相互及びタイヤと車輪リムとが接触することのないようにタイヤを支持する機能及びタイヤビードを車輪リムから離脱しないように車輪リム上の適所に確保する二機能を兼有するよう一体化した構造のものであることを認めることができ、右認定の事実によると、第1引用例のものは、タイヤが損傷したときにタイヤ内部相互か接触しないようにすることを技術的思想の基礎とし、安全部材に前認定の2つの機能を兼有せしめたものと解することができる。しかるに、本願発明がタイヤ内部の相互の接触を避けることなく、右接触を前提にして、タイヤが車輪リムから離脱しないようにする装置を設ける構成を採用していることは、前認定のところから明らかである。してみれば、本願発明と第1引用例のものとは技術的思想を異にするものというべきであり、本願発明におけるタイヤが車輪リムからはずれないようにする装置と第1引用例の安全部材とは、タイヤの車輪リムからの離脱防止という点で一致するところがあつても、基礎とする技術的思想を異にする以上、両者を同一に論ずることは相当ではないといわざるを得ない。被告は、タイヤの空気が抜けた状態で使用するとき、タイヤの内面が接触することは経験則上顕著な事実であり、本願発明の特許出願当時の技術水準として、タイヤの空気が抜けた状態において、タイヤ内面に安全部材を設けることなく走行するタイヤは既に存し、周知であつた旨主張するが、この点に関する成立に争いのない甲第8号証(1969年1月発行の「LXXタイヤの新しい概念」と題する冊子)によると、同号証には、LXXタイヤに関する記載があり、その第13図に示されるようにLXXタイヤでは、空気が抜けたときにタイヤが均一につぶれることと狭く、かつ、径が大きいリムを有することとが組み合わされていることにより車輪のとびはねが減じられ、タイヤを破壊することなく、安全に停止させることができるけれども、空気が抜けた状態で、なおサービスエリヤまで走行させるためには右の状態では足りず、基本的条件として、タイヤがつぶれたときのたわみを制限することが必要であるとの認識に基づき、その第15図に示すようにタイヤのたわみを制限する装置(第1引用例の安全部材当たる。)を使用することを提案していることが認められ、この事実に前掲甲第1号証及び成立に争いのない甲第16号証を総合勘案すると、本願発明の特許出願当時の技術水準として、タイヤの空気が抜けた場合に、なお走行するためには、タイヤの内面相互の接触を避けるために安全部材を設けることを不可欠としていたところ、本願発明は、右の技術的常識を打破して、右の安全部材を要することなしに走行を可能ならしめたものであること、並びに安全部材を必要としない結果タイヤの構造の簡易、軽量化をももたらしたであろうことを容易に看取することができ、この認定を覆し、被告の右主張を立証する資料はない(なお、被告挙示に係る成立に争いのない乙第4号証は、農耕機具を牽引するためのタイヤで、タイヤの内部気圧が十分でないまま作動するようになつており、タイヤの空気が抜けることを予定したものではないから、同号証も被告の右主張を立証する適切な資料ということはできない。)。したがつて、被告の右主張は採用するに由ない。
2 次に、成立の争いのない甲第3号証(第2引用例)によれば、第2引用例(昭和34年10月20日出願公告に係る特許公報)は、半径方向の内側の開いたタイヤ部分とリムとの間に形成した空気保持用区画部分を2個の空気室、すなわち、前記リムに隣接する内部室とこの内部室の半径方向の外方において前記タイヤ部分のタイヤトレツド面に隣接する外部室とに分けたチユーブなしタイヤに関する発明であり、具体的には内部室は、タイヤビードとこれに隣接した位置でリムに設けたビード受座及びフランジとの間に側縁部を各別に取りつけたΩ字形のダイヤフラムに形成してあり、内部室と外部室とがふくらんでいるときはダイヤフラムがタイヤトレツドの内面に接触(連関)することがなく、パンクにより外部室が縮んだ非常運転の際にも前記タイヤトレツドで内面をタイヤリムから実質的に間隔を隔てた状態に保持してタイヤ側壁が押しつぶされないようにしたチユーブなしタイヤにおいて、実質的に不通気性のたわみ易い環状体に形成した前記ダイヤフラムと環状のタイヤ部分のタイヤトレツドとの互いに対向する側の一方の表面部分を絶えず新しい潤滑面を形成できるように潤滑剤を物理的に含ませたゴム質により構成したことを特徴とするチユーブなしタイヤで、このような構成によりタイヤがパンクした場合でもダイヤフラムとタイヤ内面との摩擦作用が潤滑剤により軽減され、相当長い距離にわたつてタイヤ内部室を破損することなく走行することを可能にしたものであることが認められ、右認定事実によると、第2引用例がタイヤが破損したときに、タイヤ内面相互の接触を避ける技術的思想を前提にし(この点は、第1引用例と同一の技術的思想を前提にしたものということができる。)、タイヤ相互の接触を避けるため、ダイヤフラムを設けた(第1引用例の安全部材と同様にタイヤ支持機能を有する。)ものということができ、この点において、第二引用例は、前叙の技術的思想を前提とする本願発明とは基本的な技術的思想を異にするものというべきである。したがつて、摩擦熱軽減のために潤滑剤を用いること自体が周知の技術であり、第2引用例に、内部室(ダイヤフラム)外面とタイヤ内部の接触する部分に潤滑剤を用いる例が示されていても、このことから、基本的な技術思想を異にする本願発明におけるタイヤ内面の相互の接触する部分に潤滑剤を用いることが容易に想到し得たものとすることは到底認め難いところといわざるを得ない。
3 以上認定しところを総合すると、本願発明と第1引用例及び第2引用例のものとは基本的な技術的思想を異にするものであり、そのうえに前認定の本願発明の奏する優れた作用効果を勘案すると、本願発明をもつて第1引用例及び第2引用例のものから容易に発明をすることができたものとは到底認めることができず、これと異なる本件審決の認定判断は誤りというほかはない。
(むすび)
3 叙上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(武居二郎 杉山伸顕 川島貴志郎)
<以下省略>